自分がやって来た事に対する答えって、いつか出るのだろうか、と漠然と不安になる時があります。
たぶん、これが答えだ!と言い切れる結果なんてビジネス的な関係以外ではなかなか無いのだろうけれど、とも思ってはいるけれども、自分の人生の最後にふっと気付くような瞬間なんて訪れたりするものだろうか、なんて。
その瞬間が訪れるのならば、今の生を生きた感がありそうだよね、と今こんな話をしてどうするんだと突っ込んでしまいますがw

哲学の本でも読んでいろ、と言われそうですが、私アホなので哲学系の本は難しい・・・買うのも勇気がいる、読破でき無さそうで。
バサラ松永さんや信長さまの台詞でも辞書ないと理解できないので可哀想な感じですね、はい。
いやちょっと、バサラ松永さんの言動をストーキング並みに観察していると、そういう自分の身の丈に合わない思考が出てくるのです。

決してあの久秀は、刹那的な思考ではないと私は思っています。
刹那的なのは光秀ですかね・・・結果まで考えないで行動している気がするので、バサラ光秀は。
久秀は結果まで分かって動いているかな、と。しかも結果すら数種類、考え済みかと・・・そこまで考え抜いて色々やらかす所がまた好きなのですよ、久秀。
自分には出来ない思考回路に憧れるという、結局そんな話。